数年前、あるプロ合唱団の記念イベントのコンサートに招待されて聴きに行った。招待客なので当然ど真ん中のいい席で、周りには気難しそうな音楽評論家らしい白髪紳士や、如何にもコアなクラシックマニア風な青年が、私の席を取り囲むように座っていた。バックはオーケストラのフル編成である。
 演奏が始まると、ある曲はステージ上だけでなく、後方左右の2階席にも金管楽器奏者や合唱団員が立っていて、四方八方から音が響いてくる壮大な音楽なのであった。私は後ろの演奏者の方を、上半身を回転させて見ようとした。
 その時だった。
 私の右斜め後ろの青年が、突然私の方に顔を向けて、眉間をしかめて睨みつけるのである。「動くな!」と暗に言っているのだった。
 クラシック音楽の演奏中は微動だにせず、畏れかしこまって聴かねばならないということらしい。私はうんざりしたので、わざと何度も首を回転させて後方の金管奏者の方を振り返ってみてやった。だってそうだろう、真正面のステージ上だけでなく、後方からも音が聴こえてくれば、演奏している人たちを見てあげるのが礼儀ではないか。身体を固くして真正面ばかり向いて聴くだけが能じゃない。
 右後ろのカチカチ・コンサバ男性は頭に来たように尚も私を睨みつける。そこで私は一計を案じた。事実、私はこのコンサートについてコラムに書くつもりだったので、さも取材メモを書いている風を装って手帳にびっしりと聴きながら感想を書いた。すると、右後ろはびっくりしたように私の顔をまじまじとみて、睨むのを止めたのである。凡庸な主婦が物見遊山で聴きに来ていると思っていたのに、突然物書きらしいとわかって吃驚したのに違いなかった(笑)。
 いかにも視野の狭い、大昔の上野の森の「音楽取調ベ掛り」のような、「クラシック音楽は高尚で、下々の者なんか聴きに来なくていい」的な発想の輩なのだ。身体を固くして崇高な音楽を聴かせていただく思想が、未だに蔓延っているこの業界は、間違いなくガラパゴスである。だから、少数のリスナーを奪い合っていて、高いギャラで呼ばれる外来の音楽家の演奏会は一杯になるが、国産音楽家のコンサートは、切符売りに四苦八苦するか、或いは誰とは言わないが、メディアで売り出された、身体的特徴(!)のある小柄な青年ピアニストや「ラ・カンパネラ」だけ弾くおばあさまのみチケットが売れるのである。
 もう1つ例を挙げよう。
 12月11日にすみだトリフォニーホールで、「オーケストラがやってきたが帰ってきた!」という故・山本直純さんをリスペクトするコンサートが開かれ、これまた招待されたので聴きに行った。もう30年も前になくなったテレビ番組だが、秀逸だったのでファンは覚えていて客で満杯だった。
 司会で出てきたテレビマンユニオンの重延浩さんが直純さんのことを色々紹介した中で、以前にも読んだ記憶のある直純さんの言葉について話した。親友だった小澤征爾さんに若い頃、直純さんは言った。三角形のヒエラルキーを描いて、「僕は底辺の啓蒙をやるから、君は世界に出で頂点を目指せ」と。
 小澤さんは言葉通り世界的な指揮者になり、直純さんはテレビの「オーケストラがやってきた」などで、音楽の楽しさをあまねく広げる啓蒙運動の先頭に立って活躍したのであった。間違いなく約束は守られたのであるが、私はダジャレの天才・直純さんの大フアンではあるが、このヒエラルキーの話にはちょっと引っかかる部分があるのだ。「底辺の啓蒙(ちょっと言葉は違ったかもしれないが)」という表現に。
 クラシック音楽の大衆化とは、つまり、気難しくてとっつきにくいクラシックを砕いて明るく楽しいものとしてハヤリ歌しか知らない大衆に知らしめようということである。だが、この言葉の根底には、間違いなくクラシックを知らない大衆は「教養のない底辺の人間」思想がある。クラシックに慣れ親しみ、小さい頃から馴染んでいた直純さんのような人に比べて「低級」と言っているのである。しかし、育った環境上、クラシック音楽らしきものを聴いたのは学校で習った唱歌だけだったとしても、その人たちが低級な人間とは言えない。
 山本直純さんは『ももクロ』しか知らない人を馬鹿にするような人ではなかったが、全般的に「クラシック=高尚」乃至は「クラシック=芸術音楽」で、その他のジャズ、ポップス、演歌、歌謡曲などなどのハヤリ歌は、ただのエンターテインメントと括られる。エンターテインメントでどこが悪いか。それらが好きな人たちを啓蒙するとは、上から目線である。業界みんながそうなのだ。だからコンサートでの聴き方すら1つの型にはめようとする。余計なお世話だ。
 断っておくが私は超のつくクラシックマニアである。明治人間だった亡母は学生時代にオペラを歌っていたし、彼女の影響で、戦時下でも寝床で歌曲を歌いあったりハモったりする環境で育った。
 持っているCDの9割以上はクラシック音楽である。けれどもロックはパスしたいが、うまい歌手ならジャンルを問わず聴くし、クラシックは没入し過ぎるので、疲れている時は他の音楽をかける。故・美空ひばりさんは史上最高の歌手だったと思っている人間だ。クラシックでなくともいいものはいいのだ。
 特に教会音楽が根付いていない日本では、芸術=クラシックという型にはまったガラパゴス的思想で、少ない聴衆の小さなパイを奪い合っている状態から抜け出さない限り「底辺」は広がらない。少なくともクラシックコンサートでも、リラックスして音楽を楽しんでいいのだ、と、堅物聴衆の意識変革が必要である。本来、読んで字のごとく「音」を「楽しむ」のが音楽なのだから。

目次(最新10作品)

目次(過去の作品はこちら)


LinkIcon「刑事フォイル 賛 賛 賛~~~ん」
LinkIcon「この人たちのマイナンバーはどうなるの?」
LinkIconヘンな医者
LinkIcon「外交官・杉原千畝の『命のビザ』が、ユネスコの記憶遺産に推薦された朗報を歓迎する」
LinkIcon「和田豊 阪神タイガース監督を、即刻、解任せよ」
LinkIcon「自分の家で晩御飯を食べない人が増えている?」
LinkIcon「ドライアイスと共に現われたエンブレムは、ドライアイスのように消えた」
LinkIcon「北陸新幹線初乗りと金沢の変貌に驚く」
LinkIcon「原田眞人監督作品、『日本のいちばん長い日』の画竜点睛を欠く部分」
LinkIcon「猛暑にやられて鬼のかくらん」
LinkIcon「東芝不正会計問題で辞任した歴代3社長の人相」
LinkIcon「芸術バカと政治バカ―新国立競技場異聞」
LinkIcon「奇跡で病が治せるか」
LinkIcon「カーテンはセレブ度の指標の1つ?」
LinkIcon「不安な時代を反映した連続ドラマの、ある曙光」
LinkIcon「“美のホルモン” オキシトシンが増加するわけ」
LinkIcon「プロから見ると大型船舶は危ないものらしい」
LinkIcon「欧米におけるチップの失敗、日本における心付けの効果」
LinkIcon「ゴールデンウィーク、人物あれこれ観察」
LinkIcon「ドローン殺人事件(?!)」
LinkIcon「ベッドのセットが935,000円!」
LinkIcon「春爛漫 2題」
LinkIcon「同性愛者が牢屋に入れられていた時代」
LinkIcon「関西人はテレビがお好き!?」
LinkIcon「脚本家の井上由美子さんは、晴れ女だそうだ」
LinkIcon「第9回の東京マラソン2015を見に行った」
LinkIcon「球春近く、マエケン君と黒田君、今年の広島はヤバいぞ」
LinkIcon「子供は胎児の時から、すべてがわかっている」
LinkIcon「匠の国の技術屋さんが、大切にされなくなった風潮」
LinkIcon「お臍が茶を沸かす、テレビドラマのヘボ演出」
LinkIcon「第65回NHK紅白歌合戦。太もも丸出しお嬢ちゃんたちの学芸会」
LinkIcon「テレビ界、2014年の総括 いろは歌留多」
LinkIcon「今年は冬が早い、早いお陰で思わぬトラブル」
LinkIcon「右でも左でもない人間の、国会議員ニアミス体験」
LinkIcon「解散! 群馬5区(小渕優子氏選挙区)を見に行ってきた」
LinkIcon「スターを育てたステージママの子は、果たして幸せなのだろうか」
LinkIcon「なんでもかんでも運転者が悪いのかい?」
LinkIcon「バスを連ねて明治座へ! 時代錯誤の極め付き」
LinkIcon「NHK朝のテレビ小説『マッサン』についてコメントして『マッサオ』になりかけた話」
LinkIcon「ストレスの塊、阪神タイガースの監督・コーチを代えてくれ」
LinkIcon「一連の朝日新聞、従軍慰安婦誤報問題についての余聞」
LinkIcon「まるで宇宙人と話しているようだった」
LinkIcon「何時の日か、近親相姦が多発するかもしれない」
LinkIcon「アストル・ピアソラは芸術かエンターテイメントか」
LinkIcon「いま、日本中の人たちが抱えている難問の凝縮を見る」
LinkIcon「よく考えれば陰惨な連続殺人事件バナシなのに、なぜか抱腹絶倒の物語」
LinkIcon「田中マー君と斎藤祐樹ハンカチ王子の明暗」
LinkIcon「テレビ広告はどこまで製品の売り上げに貢献するか」
LinkIcon「宝塚歌劇100年のあなどれない蓄積を目撃する」
LinkIcon「デパートの食品売り場は惣菜屋と化している」
LinkIcon「レンタカーのカーナビは、オフに出来ないようになっている」
LinkIcon「いつのまにか国際化という親切(?)の異なる風景」
LinkIcon「春なのに溶連菌にやられた私は幼児並みである」
LinkIcon「STAPとはS(すまして)T(他人の)A(アンサーを)P(パクる)の略か」
LinkIcon「第2幕 佐村(さむら)河内守(かわちのかみ)、己れの影武者を斬る」
LinkIcon「冷え込んでしまった中国の超美人と出会った」
LinkIcon「佐村(さむら)河内守(かわちのかみ)影武者の告白」
LinkIcon「NHKの会長は、なんで財界出身者が多いのか」
LinkIcon「6万円も支払って、おかゆ一杯のトホホ」
LinkIcon「フジテレビ代表取締役社長、亀山千広氏が語る低迷のわけ」
LinkIcon「『ごちそうさん』は『おそまつさま』」
LinkIcon「クラシック音楽業界はガラパゴスである」
LinkIcon「国会議員の大多数は戦前・戦中の怖さを知らない戦後生まれである」
LinkIcon「キャロライン・ケネディ新駐日大使の笑顔の陰で」
LinkIcon「一流の陰の塗炭の苦しみ、それでも挑み続けるのは若さである」
LinkIcon「冷戦崩壊して4半世紀の今年、赤色がウケるのは何故?」
「金融機関のロビーマンは壁の花でいてもらいたい」
LinkIcon「山崎豊子が『白い巨塔』を連載していた時のうらばなし」
LinkIcon「東京オリンピックと東京オリンピック2020」
LinkIcon「9.11と3.11、1人の日本人の ” その日 ”」
LinkIcon「年寄りは若い者に甘えてはいけない」
LinkIcon「昔も今も神様のおぼしめしである」
LinkIcon「ハの字に座る女たち」
LinkIcon「なんでもかんでもスタイリストかい?」
LinkIcon「日本語ペラペラ外国人の、愉快なニッポン語」
LinkIcon「木の芽時の湿気という因子」
LinkIcon「パリの風呂敷とローマの傘」
LinkIcon「名医のあてはずれ」


○麻生千晶(あそう ちあき)
作家。東京大学文学部フランス文学科卒業。
小説現代の「ビフテキとブラームス」で作家デビュー。主として中間小説を多数執筆する。後に映像批評に転じ、40年以上にわたって途切れずにテレビコラムを連載する。本籍・東京都、出生地・岡山県

〇批評コラムの主な連載媒体史

毎日新聞「火曜サロン」
サンデー毎日「TV or not TV」
アサヒ芸能「テレビ欄」
東京中日新聞「やじうまテレビ」
週刊現代「私のテレビ評」「男を叱る」
産経新聞「直言曲言」
ビジネスアイとサンケイエクスプレス「麻生千晶のメディア斬り」
週刊新潮「たかが、されどテレビ」
月刊TV navi「麻生千晶のテレビ評」ほか。

〇選考委員歴任史

ギャラクシー賞 テレビ部門、報道活動部門
民間放送連盟賞 テレビ部門 中央、東京、東北北海道、中国四国、中部、九州の各地区。
文化庁文部科学大臣選奨
芸術祭賞放送部門
読売テレビ ヤングシナリオ大賞
フジサンケイ広告大賞制作者賞
広告電通賞テレビ部門
ATP賞総務大臣賞
ザテレビジョンドラマアカデミー賞等、現在も選考委員複数媒体継続中。

○主な著作

「世紀末、どくぜつテレビ」(新潮社)
「美空ひばりは鶴だった」(扶桑社)
「麻生千晶のメディア斬り」(産経新聞出版)
「こころに響いた、あのひと言」(岩波書店、エッセイ収録)

テレビ映像、クラシック音楽、プロ野球、女性問題、社会批評など多岐にわたるテーマで辛口の発言をしている。活字のコメンテーターとしては他に新潮45、SAPIO、週刊新潮、週刊文春、週刊現代、週刊女性、アサヒ芸能、夕刊フジ、日刊ゲンダイ、などの媒体でコメント発言や原稿執筆をしている。